発明者について

マイケル・ジェンキンスはオーストラリアのアデレード出身ですが、近年を中国の最先端のカーボン繊維を用いる高級スポーツ用品工場にてホイールスケートの設計と開発に費やしています。

彼は本来工場のメンテナンス、建設業や鉱山業での経験を持つ電気技師で、独立した電気技師としての仕事やトラックに使用されるファイバーグラス製風防を生産を行う会社を経営しておりました。小さい頃からよくアデレードのローラースケート場やアイススケート場でスケートを楽しみ、同時にサイクリングにも熱心でした。電気技師になる為の見習い期間を終えて数年後、彼は自転車でヨーロッパの殆どの国を回り、冬にはスイスで仕事をしながらスキーをしました。

これらのスケート、サイクリングとスキーの経験から、彼は大きなタイヤを使用するスケートを発明すれば、これらすべての分野のダイナミックさを取り入れることができると確信しました。以前のファイバーグラス製造や他の経験を元に、彼は鉱山業の休暇中に家のガレージで秘かに2台の試作品を作成しました。この試作品が完成した後、彼は条件付の特許を申請し、鉱山業の仕事を辞め、それから3台目の試作品を自宅で完成させました。その後、家族や友人の投資を得て中国で適切なカーボン繊維スポーツ用品工場を見つけ、更に4台の試作品を作成しました。

マイケルは現在、香港で登記されたチャリオット・スケート有限会社のディレクターで、この会社はチャリオット・スケートのブランド名の元、ホイールスケートを世界に向けて製造販売することを目的に活動しています。

インスピレーション(すばらしいひらめき):

80年代初期マイケルがヨーロッパを自転車で回っていた頃、彼は自転車の座席やハンドルはスキーやスケートで感じる事のできる自由感に比べて制限が多く不快に感じました。彼は日頃から多きなチューブ状のタイヤで主軸の下側に足を置くようにすることができれば、ローラースケートやローラーブレードに比べて明らかに便利な乗り物となると考えていました。そうすることで起伏のある地形でも自転車のように移動もできるようになるからです。

これはローラースケートやローラーブレードから考えると、自然と発明されるべき商品であるにも関わらず、どうして誰もこのような商品を作らないのかと思っていました。そして1999年12月、アルミニウム製の折り畳み式のスクーター(ハンドル付のスケートボードのようなもの)がとても流行っていた頃、彼は親友のリックに通常のスクーターよりも実用性が劣る小さい車輪のスクーターでもこんなに流行するくらいだから、誰かが大きな車輪の主軸の下に足を乗せるような構造のスケートを作ればいいのにと話をしていました。そしてまたそのスケートにあり得る色々な問題も議論しました。その晩、家に帰った後、それらの問題への解決策が不思議とマイケルに与えられ、彼はそれをスケッチし2004年末、オーストラリアの金鉱山で働いていた頃のある晩、荒野で歩きながら神に祈っているときにホイールスケートを開発するという事に確信を持ちました。